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コラム

チームBの役割

伊藤 高章

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vol.06 Narrative Medicine Workshopに参加して考えたこと(2)

(前回のコラムvol.05より続く)

第2日目

午前中の講義担当は Maura Spiegel, Ph.D.。コロンビア大学の映画学の教授。レクチャーのテーマは共感力。他者の感情を見聞きすることによって自分の感情を豊かにすること、また自分の感情に気づくことができる、という内容。参加者の医師からは、全ての患者の話をゆっくり聴き共感力を向ける時間はないし、バーンアウトしてしまう、というコメントがあった。それに対して、時間のことは、システムの課題としてまた倫理の問題として考えるべきであるとの応答。バーンアウトに関しては、自分のなかにある感情を適切に把握したり表現したりしていないから起こるのではないか、とのこと。

午前のセミナーは、小グループでドストエフスキーの短編『やさしい女』の"Close Reading"(精密な解釈)。医療者にとってはまったくなじみのない作業なはずなのに、作品の持つ力で、とても活発な2時間だった。語り手の問題、聴き手/読み手に期待されていること、視覚的イメージ、隠されているシンボリズムなどなど、文芸批評の入門作業。しかし、医療者の作る「読み」の世界は、その特徴が現れ、面白い。アメリカの優秀な大学のセミナーに共通する、全ての発言を肯定しながら上手に議論を盛り上げて行く、参加するのが楽しくなる学習スタイルだ。メンバー8人全員が、自分たちの2時間を誇らしく感じて、お互いがエンパワーされる。私のグループのこの時間の指導は、元カトリックドミニコ会修道士、消防士の経験を経て、現在はコロンビアの教授でレヴェナスの研究者、Craig Irvine, Ph.D.。

午後の Craig Irvine, Ph.D. の講義テーマは、Narrative Ethics。彼は、「医療における倫理」ではなく、「医療自体が倫理の実践である」と強調していた。病と向き合うことではなく、身体性をもつ人間との向き合いとしての医療の必要を、改めて語っていた。特に、科学が大切にする知識の「普遍性」を前提にしつつ、一人一人の患者の「特殊性」を見るバランスの難しさを、コロンビア大学プレスビテリアン病院で毎週実施している Narrative Medicineラウンド参加者の経験や気づきを紹介しながら、講義してくれた。このラウンドでは、毎週一回朝45分間、外来病棟の医療者が一緒に文学作品を読んだり詩を輪読したりしている。10年近く続けているこのラウンドで、医師や看護師、ソーシャルワーカーなどが、自分の経験したケースを「物語」や「詩」にして持ち寄ることが多くあるそうだ。

じつは、これが Narrative Medicine の本質なのだろう。ただ医療者に共感力を求めたり人間に対する眼差しの転換を求めたりするのではない。病院自体がそして医療者教育自体が、実際に医療者の人間性の豊かさを引き出し、医療実践に繋げるメカニズムを組み込んでいる。これを通して医療者が互いに、同僚の深い人間性に触れる機会がある。医療者の感性と医療行為との接点を、同僚の実際の経験やそれについての「想い」を共有することで学び合う。(これを書いていて、しかし、日本と米国の職場文化の違いも強く感じる。果たしてこんなことが日本の医療現場や医療教育の場で可能なのかと。そして頭に浮かぶのが、J-TOPのコミュニティ。ここには、お互いの人間性の豊かさを学び合う文化が出来ている、と改めて意識させられた。)

言い換えると、医療者自身にとっては忙しい職場だが、客観的に見て、そこで日々起こっている出来事は、人間性の深いところに直結するものなのである。Narrative Medicineは、 そのリソースと医療者との関わりの転換を目論んでいるのかも知れない。じつは患者は、自分の苦悩がケアされている現場に働く医療者は、人間の苦悩に日々触れている経験から、「当然」豊かな人間性をもち奥行きのある人格であることを期待している。そして万一そうでない医療者に出会ってしまった時に、医療に向けての信頼が崩れる。その意味でも、Narrative Medicine は医療倫理の基礎なのかも知れない。

午後のセミナーは、プログラム主任の Rita Charon, MD, Ph.D. が担当してくれた。セッションは、Sharon Olds の The Death of Marilyn Monroe という詩を輪読することから始まった。自殺したマリリン・モンローの死体を検死所に運んだ救急隊員の経験を語る詩である。米国の大学の凄まじさは、このような詩をどこかの本からもってくるのではないこと。大学自体が詩人や文学者を1年単位で「客員文芸家 Writer in Residence」として抱えていたりする。この詩も、このプログラムのために書き下ろされたもの。セミナー後半は、「他者の苦悩をとおして自分の気持ちが揺さぶられた経験について」。まず4分間で各自が作文することが求められ、残りの時間はその読み合わせ。コロンビア大学病院の医師が、自分の義理の父親の孤独を語ったり、産科のサポートグループを運営しているソーシャルワーカーが、生後2日で子供を失った母親を語ったり。短い時間で書かれたもののなかに、書いた人の意図を越えていろいろな想いや価値観や苦悩が見え隠れする。仲間にコメントしてもらうことで、書いた本人がそれに気づかされ、お互いに涙したりする貴重な時間だった。

もう一日、豊かなワークショップが続く。

読者のみなさんそれぞれが勤務されている医療機関/医療教育機関には、医療人文学的な要素があるだろうか?意識してみてほしい。講義より実践されているプログラムに関心がある。

(2011年6月5日執筆)


第3日目

午前の講義は、気鋭の女流作家 Nellie Hermann による医学教育への Creative Writing 導入の話。現在コロンビア大学メディカルスクールでは、2年次生全員の必修科目として、Narrative Medicine が用意されているとのこと。4年次生の選択必修科目の一つとしてはフィクション創作の科目も用意されている。患者や家族の状況のひとコマを自分の心に焼き付け、そこから自分の感性を使って「語り」を書く学習である。凝った文章を書く必要はない。印象に残った事を軸に、一人称で語ったり、三人称で語ったり。出来事を客観的に対象として記録するのが目的ではなく、それが主観に与えたインパクトを、自由なスタイルで書く。それをとおしてあたえられる豊かな気づきを大切にしている。また、それを医療者が語り合う中で、データには出て来ない患者の「真実」が見えて来たりする。医療者と患者、医療者同士のまったく新しい関係性が構築されていく気がした。

グループワークの指導は、講義担当だった Nellie。講義で語られた事を、体験する機会であった。ペアになって、自分に大きな影響を与えた出来事を5分間話す。そのあと5分間で、聴き手は自由に書き、話し手は聴いてもらった経験をもとに書く。その後役割を交代。残りの時間は、書かれたものの分かち合いだ。その人の心を通った言葉で、相手が自分のことを表現してくれる喜びがある。そして、事柄ではなく、「私」を理解してくれた実感を与えてくれる。また、グループの他の人が文章から受けた印象を語ってくれる事をとおして、その人への理解が深まる。しかし何よりも、それが5分間の作文でなされる事が驚きであった。私のパートナーは、実は有名な精神科医。相手も私がスピリチュアルケア専門職である事を意識していた。しかし、この5分間を核としたひと時は、いろいろな枠を超えて、親しみと信頼とを与えてくれた。

午後の講義担当は、政治学者のMarsha Hurst, Ph.D.。Narrative をとおして、患者のためのアドヴォカシーがとてもダイナミックに展開される事がテーマだった。何がどう起こったかという事実だけではなく、それをどう経験したか、が本人や家族によって素朴だけれど奥行きのある語りとして表現されることで、社会に運動が起こることが講義された。

私たちのグループの最後のワークを担当してくれたのは、患者の立場からこのプログラムに中心的に関わっている Patricia Stanley。映画にもなった Michael Ondaatje の小説『イングリッシュ・ペイシャント』の最初の2ページを、皆で"Close Reading"することから、時間が始まった。そこに描かれている空間のイメージ、視角的聴覚的な刺激、身体感覚などを話し合った。そのうえで、それらをもとに各自で5分間作文をして、分ちあい。
ちなみに、原作者 Ondaatje は、コロンビア大学の文芸誌に寄稿したり医学部で詩を朗読したり、このプログラムとの関わりも深いようだ。

この3日間の経験は、重層的である。患者や家族の困難や苦しみや喜びや幸せを語る機会が沢山あった。そして、「語り」をとおし、抵抗なくそれに共感する味わいも多くあった。しかしこの週末は、根本的には、Narrative をとおして、一緒にこのワークショップを過ごした仲間の感性とのふれ合いの時間であった。そして医療とこの「語り」の作業との深い繋がりも意識できた。
来年6月には、上級課程のワークシップが計画されている。また参加したいと思う。

さて、私は、日本人で初めてこのワークショップを経験した者のようである。 これまで、チャプレンとしての働きを中心に日本の医療に関わってきたが、より広い医療人文学の領域に導かれた気がしている。
日本の医療や医学教育の中に、具体的にこの経験をどのように活かして行くことができるのか。大きな宿題を抱えることになった。
幸い日本のナラティヴ・ベイスト・メディスン研究の中心におられる富山大学の斎藤清二先生が、Rita Charon の主著の翻訳を間もなく出版されるようである。ご助言を頂きながら、出来ることを考えていこう。

もちろん、J-TOP関係者でご関心をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひご一緒に行動したいと思う。
大きな目標は、日本の医学・看護教育の中に、医療人文学 Medical Humanities (特にその実践的な側面)を根付かせることである。

(2011年6月9日執筆)


*このコラムは、2011年6月、掲示板「チームオンコロジー」に投稿された記事に加筆修正し転載したものです。

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