コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.01

医薬品の価値 ~新薬は価値が高い!?

最近、分子標的治療薬や抗体医薬の開発によって、これまで薬の効果が期待できなかったがんにも効果が期待できるようになってきました。この点からすると、薬の効果が期待できる医薬品の早期承認を望むことは当然のことと思いますし、優れた医薬品を早く患者さんのもとに届けたいと願っています。

しかし、一方で、医薬品には副作用があります。効果が期待できる医薬品でも、命に関わるような副作用が多く発現するのでは、少し問題かもしれません。

ゲフィチニブ(商品名イレッサ)を例に考えてみます。ゲフィチニブは、標準的化学療法に効果を示さなくなった非小細胞肺がん患者さんにも劇的な効果を示すことがあり、患者さんのQOLも改善する分子標的治療薬として、世界に先駆けて日本で承認されました。発売後まもなく、ゲフィチニブ投与による間質性肺炎の副作用のため死亡する患者さんが相次いで報告され、社会問題となりました。

ゲフィチニブで著効を示した患者さんは、「効果があるくすり」と高い評価をしていますが、間質性肺炎で亡くなった患者さんのご家族は、「あんな危険なくすりは発売中止にした方がよい」と言っておられます。評価が極端に分かれていますが、どちらも間違っていないと思います。もし、発売当時から、間質性肺炎の危険性が明らかにされ、多くの医療機関で注意して使用していれば、死亡事故は少なくなっていたかもしれません。

その後、ゲフィチニブは、欧米人よりも日本人を含む東洋人や女性、喫煙歴がない方などに効果的である可能性が示され、間質性肺炎を起こしやすい患者さんの特徴もわかってきました。発売後数年経って、ようやくゲフィチニブの適正な投与方法や価値がわかってきたわけです。

ゲフィチニブの例は、欧米の方に効果が認められなくても、日本人に効果がある可能性があること、画期的な新薬でも安全性評価を適切に行わなければ、日本人の多くの例のように、命に関わるような副作用を発現することがあるということを私たちに教えてくれました。

上野直人医師も、自身のブログ(がんのチーム医療)で、海外で評価された薬剤が日本での治療効果や延命効果に必ずしも直結しない可能性があり、新しい抗がん剤が導入されても、専門家に適切に使用されなければ、新薬も単に毒となると述べています。

言い換えますと、日本人に対しても治療効果があることが適切な方法で評価され、そして副作用の頻度が明らかにされ、副作用対策が確立し、なおかつ専門家への適正使用情報があるということがなければ、医薬品の価値は低くなるかもしれません。

最近、海外で評価された抗がん剤が、日本人での使用経験が少ないまま、承認されるようになってきています。日本人での安全性が十分に確認されていませんので、施設を限定して使用した全例の安全性調査を条件に承認されています。いわば、日本人での有効性、安全性が確認されていない状態での、仮免での発売と言えるのではないでしょうか。

優れた医薬品を早く患者さんのもとに届けたいと願っていますが、海外の有効性だけで日本人に価値ある医薬品と判断し、「これがなければ私は助からない」と過剰期待することは適切ではないと思っています。

適切に評価され、標準的治療と推奨されている医薬品も数多くあります。 新薬に過剰期待しないで、標準的と評価された治療を優先して受けることが最も賢明な道ではないでしょうか。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する、爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年2月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。