コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.16

がん医療のチームの一員としての製薬企業の役割:part 3

1.早期承認された最近の医薬品について

最近、承認された分子標的治療薬や抗体医薬の多くは、海外で行われた臨床試験結果に基づいて承認されていますが、日本での検討が少ないために、全例調査が条件になって承認されています。効果や副作用の発現には、人種差があることも指摘されていますので、現状では、日本人での安全性を評価する全例調査は避けることができないと思います。

しかし、承認される用法・用量は、欧米人を対象とした臨床試験に基づいて設定されたもので、日本人に適切な投与量であるのか疑問があります。一般的には、欧米人の必要投与量は、日本人の必要投与量と比べて多いことが知られていますので、欧米人で設定された用法・用量では、日本人には多すぎる可能性があり、副作用の発現頻度が高くなると考えられます。理想を言えば、日本人を対象とした第I相臨床試験や第II相臨床試験で日本人に適した投与量を設定し、日本人での第III相臨床試験で有効性を証明することが必要と思われます。

日本での新薬の臨床開発が遅れていたためにドラッグ・ラグ(drug lag:新薬承認の遅延)などが問題になり、海外で有効と評価された医薬品を早期承認するために、上のような制度が導入されることになりました。しかし、日本からも、優れた臨床研究結果が海外の専門誌に掲載されるようになってきていますので、日本でも臨床試験が行える体制が整備されてきていると考えられます。

いつまでも海外の臨床試験に頼った、グローバル・ドーズ(global dose)と言われる欧米人の投与量ではなく、日本人に適した投与量で、日本人での有効性、安全性を評価する臨床試験が行われ、日本人でのエビデンス(治療の科学的根拠)を確立しない限り、日本での質の良いがん医療はむずかしいかもしれません。言い換えますと、日本人でのエビデンスを確立するには、日本の製薬企業の方々の積極的な取り組みが必要なのかもしれません。

2.臨床試験結果発表の問題点(1) 有効性の不適切な強調

しかし、最近、欧米を中心に、製薬企業がスポンサーとなっている臨床試験結果の発表に関して、いくつかの問題が指摘されるようになってきました。

乳がん、大腸がん、非小細胞肺がんなど、標準治療が確立しているがん種に関しては、第II相臨床試験で得られた結果を基にして、その医薬品の効果(仮説)を検証する第III相臨床試験が行われます。主要評価項目(primary endpoint)を設定し、仮説を検証するために必要な症例数を設定して、ランダム化比較試験が行われることになります。さらに、副次的評価項目(secondary endpoint)をも設定し、探索的な評価も行われます。主要評価項目で、その医薬品の効果が確認できず、副次的評価項目で効果が認められた臨床試験は、厳密的には、その第III相臨床試験の仮説は否定されたことになり、副次的評価で得られた結果に関しては、有効性が検証されたわけではなく、効果がある可能性が示唆されたと考えることが必要になります。すなわち、第III相臨床試験の仮説である主要評価項目で効果が確認できなければ、その医薬品が有効と結論できないことになります。

しかし、そのような場合でも、論文の中や製薬企業のプレスリリースなどで、有効性が確認されたと強調されることがあります。有効性がないとは言えませんが、その試験で有効性が確認されたとも言えませんので、このような強調は、ある意味で過剰広告になるかもしれません。第III相臨床試験には、多数の患者さんの協力も必要ですし、膨大な研究開発費も必要になりますので、第II相臨床試験や先行研究結果を十分に分析した上で、適切な仮説を立て、主要評価項目で効果が検証されるような第III相臨床試験を行ってほしいと思います。より適切に臨床試験を行い、結果を適切に発表することは、製薬企業に対する信頼性の向上にもつながるのではないでしょうか。

3.臨床試験結果発表の問題点(2) 臨床研究論文の不適切な記載

また、論文の抄録の記載にも問題が指摘されています。新薬の臨床試験結果の論文の中には、本文と抄録の内容が異なるものがあり、抄録では、重大な副作用を適切に記載せず、有効性のみを強調しているものがあります。新薬開発の臨床試験は、製薬企業がスポンサーになりますが、抄録にも重大な副作用を記載することが必要と思いますし、本文の内容と異なるような抄録であってはならないと思います。

最近のJournal of Clinical Oncology誌にも、そのような問題を指摘する意見が掲載されています。それらの指摘では、スポンサーとなった製薬企業に不利になるような副作用は十分に記載されず、有効性のみが強調されていると述べています。臨床研究論文の著者の中には、製薬企業の方や、製薬企業から研究費などの費用の供与を受けている方が含まれることがあります。解析結果や重大な副作用などを適切に記載していれば問題はないのですが、不正に新薬に有利な記載をしていれば、新薬や製薬企業の信頼性も損なわれるのではないでしょうか。

4.臨床試験結果発表の問題点(3) 効果を大きく見せるデフォルメ

さらに、有効性を強調するために、相対リスク減少率を使用している論文もあります。たとえば、A薬投与群の3年生存率が92%で、B薬投与群の3年生存率が90%である場合、生存率の差は2%となります。そして両群の相対リスク比は0.80となり、死亡リスク減少は1-相対リスク比(1-0.80=0.20)と計算されますので、死亡リスク減少は20%となります。2%の生存率の改善効果は大きな差と考える方は多くないと思いますが、死亡リスクが20%減少したと言えば、大きな差があると考える方が多いと思います。

死亡リスク減少20%を示すことは間違ってはいませんが、両群の効果を比較する際には、生存率の絶対差である2%を示すことが適切で、死亡リスク減少20%だけを提示することは効果を大きく見せるデフォルメ(変形)を行っているとも考えられます。たとえば、2%の差であっても、臨床的に意味あるものもありますが、このようなデフォルメが行われると、薬剤の過剰評価につながり、患者さんに適切な治療を提供する妨げになる可能性もあります。

5.製薬企業が、がん医療のチームの一員として評価されるために

製薬企業は、患者さんに役立つ新薬を開発し、その新薬を適切に患者さんに応用するために必要なエビデンスを確立することが使命です。また、効果予測因子を確立して、効果が期待できる患者さんの条件を特定することと同時に、有効性・安全性に関して適切に患者さんや医療専門職に情報提供することが必要と思います。このような活動を続けていけば、製薬企業は、患者さんや医療専門職からの信頼が高まり、がん医療のチームの一員として評価されると思われます。

製薬企業人としては、売り上げが重要であると思いますが、売り上げだけを追求していれば、患者さんや医療専門職からの信頼は得られず、ひいては売り上げが伸びないという事態にもなりかねません。製薬企業としての使命を果たし、がん医療のチームの一員として評価された結果として、売り上げが上がるということになれば、製薬企業人として誇りを感じられるのではないでしょうか。

製薬企業出身者として、厳しい意見を述べさせていただきましたが、後発医薬品の浸透、企業合併の再ブームなど、むずかしい状況の今こそ、製薬企業に科せられた使命を果たすことで、医療チームの一員として歓迎されるよう活動してみてはいかがでしょうか。製薬企業の方々の今後の活動に期待したいと思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年5月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。