コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.19

がん医療のチームの一員としての薬剤師の役割:part 3

今年2009年6月、NHKテレビ番組「プロフェッショナル仕事の流儀」において、聖路加国際病院ブレストセンターの中村清吾先生の活動が取り上げられました。この番組全体にわたって、非常に感銘を受けましたが、中村先生の最後の言葉「患者さんの人生に寄り添うためには、医師は、常に謙虚になり、他のプロフェッショナルをリスペクトする」が印象的で、心に残りました。

前回(vol.18)のコラムと重複するところもあるかと思いますが、中村先生のような医師や他の専門職、そして患者さんからリスペクトされる薬剤師のあり方について、Evidence Based Medicine(EBM:科学的根拠に基づいた医療)の観点から考えてみたいと思います。

1.薬剤師もEBMを実践しなければなりません

薬剤師は、患者さんに適切な薬物療法を提供するために、医師や看護師の方々以上にEBMが必要であると、筆者は考えています。

EBMに関する書物は数多く出版されていますので、多くの方々は概念的にEBMを理解できていると思われます。しかし、薬剤師と一緒に働いた経験、薬剤師を対象としたセミナー講師の経験から、薬剤師は臨床試験結果のオリジナル論文(特に英文)を読む方が少ないこと、臨床統計を苦手としている方が多い印象があります。以前、ある薬剤師の方のEBMに関する講演を聴いたことがありますが、その方は、EBMを実践するには、英語力も臨床統計の知識も必要ないと強調されていましたが、オリジナル論文を読まず、そのデータの信憑性を評価できないのでは、EBMの実践はできないと考えています。

現在では診療ガイドラインや多くの総説がありますので、患者さんに提供しようとする治療を選択することはそれほど難しいことではないと思いますが、問題は、その治療の基になったエビデンスの批判的吟味を行っているかどうかだと思います。批判的吟味には、ランダム化比較試験などで効果の比較が適切に行われたかどうかの内部妥当性の吟味、そしてそのエビデンスを目の前の患者さんに応用できるかどうかの外部妥当性の吟味があります。

■内部妥当性の吟味

内部妥当性は、その試験での患者の選択バイアス(selection bias)があるかどうか、両群の予後因子に偏りがないような層別化などの対応をしているか、そのような予後因子に群間に差がないかどうか、適切な効果指標を用い、適切な時期に効果を評価しているか(測定バイアスの確認)、結果をどのように表示しているか(過剰評価、過小評価の可能性)などの吟味が中心となります。がんの病態生理や臨床統計の知識がなければ、これらの内部妥当性の評価はできないことになります。すなわち、論文の抄録だけの情報(抄録だけでも読まないよりも良いと思いますが)、そして日本語の総説だけの情報で、有意差があると判断し、エビデンスがあると考えるのは適切とは言えないと思われます。

■外部妥当性の吟味

外部妥当性の評価に関しては、そのエビデンスを応用しようとする患者さんに適応できるかどうかの評価が中心となります。多くの臨床試験では、対象条件や除外条件が定められています。それらの条件が患者さんと合致しなければ、そのエビデンスは適応できないと考えることが原則と思います。たとえば、多くの臨床試験では、全身状態(PS)が0-2で、骨髄機能などが問題ない例を対象としていますので、PSが3以上や貧血などが著明な患者さんには、そのエビデンスを適応するのは問題があると考えることが必要と思われます。

また、臨床試験の場合には、併用薬剤を制限していますので、他の薬剤を併用しているような患者さんの場合には、それらの併用薬剤と問題となる薬物相互作用がないことを確かめることも必要になりますし、そのエビデンスは人種差がある可能性があるかどうかの検討も必要になります。さらには、その治療の有害反応がどの程度あり、応用しようとする患者さんが耐えられるものかどうかを吟味することも必要になります。そして、他の治療法や他のレジメンとの違いを説明できるかどうかも重要になると思われます。

言い換えますと、外部妥当性に関しては、患者さんの病態の理解、エビデンスのもとになった薬剤の作用機序、薬物動態などの薬理学的知識、遺伝薬理学などの知識が要求され、体系的にエビデンスを評価しなければならないと思われます。

2.チームでEBMを実践しましょう

患者さんに適した治療を提供するためには、EBMを実践することが重要であることはいうまでもありませんが、チームでEBMを実践することが、その質をより向上することになると考えられます。 

患者さんの病期などの診断や病態把握は医師の方々が専門ですし、患者さんの身体的症状、心理的な状態などは看護師の方々が専門にアセスメントする方が適切と思われます。また、薬剤師は、医師と協力してそのエビデンスの患者さんへの適応に関する評価をし、薬理学的側面から薬物相互作用の可能性、薬物相互作用のリスクを回避するための代替案の提案、有害反応の出現時期とその対策をチームに提案することが重要となると思われます。

そして、チームで患者さんに提供する治療やケアに関してよく吟味し、患者さんに納得していただいた治療を提供することになります。治療を開始してからも、患者さんが有害反応で苦しんではいないか観察しながら、チームの方々や患者さんとともに有害反応の予防・対策を行うことも必要になると思います。また、患者さんに提供した治療の有害反応や効果などを記録することも、EBMでは重要となると考えられています。

3.研究論文作成にもEBMの知識が必要です

がん専門薬剤師などの認定の条件のなかには、論文発表があるためか、多くの薬剤師の方々が研究論文を書くようになっています。しかし、ある専門誌の査読者の方から、問題が多い投稿論文が多くて困っていると苦情を聞いたことがあります。薬剤師が研究を企画し、その結果を論文にすることは重要なことと思いますが、臨床的な価値があまりないものや論文の論旨が明確でないものは、何のための論文なのか疑問になります。研究は、日常の臨床を向上するために、目的をもって計画的に行うものと思います。認定を取得したいから、これまでの経験をまとめるというのであれば、研究論文の意義も薄れることになりかねません。

過去のデータをまとめるにしても、ある仮説(research question)を立てて、それを確かめるということが必要になると思います。そのためには、多くの先行研究論文を読まなければなりませんし、それらの論文を吟味することが必要になります。すなわち、研究を行うにあたっては、EBMの実践と同様のスキルが必要になると思われます。また、医師や看護師と共同して臨床研究を行い、エビデンスを示していくことも薬剤師の重要な役割と思います。

4.リスペクトされる薬剤師になりましょう

薬剤師は、患者さんに適切な薬物療法を提供するために、薬理学の知識を使うことができれば、医師や看護師などのチームに適切な情報を与えることが可能となりますし、患者さんへの服薬指導にも役立つと思います。

薬剤師は、調剤業務で多忙と思いますし、薬剤師の立場はそれほど強くないと思いますが、先人の薬剤師の方々の努力でここまで来ることができました。一朝一夕では、EBMを実践することは難しいと思いますが、患者さん中心のがん医療の実現を願い、日々努力することによってそのことが可能になると思います。

薬剤師がEBMを実践でき、チームの方々や患者さんに貢献できるようになれば、医師や看護師などの専門職の方々や患者さんからリスペクトされる薬剤師になるのではないでしょうか。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年8月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。