コラム/エッセイ

チームオンコロジーへの道

Essay: Road to TeamOncology

大学病院におけるチーム医療の推進 - その模索の日々

医師:柏葉匡寛

柏葉 匡寛 Masahiro Kashiwaba

医師

ブレストピア宮崎病院 Breastopia Miyazaki Hospital

M.D.アンダーソンへの夢のような2ヶ月間の研修から、早くも1年が経とうとしています。システム自体や国民性といった、どうにもならない違いを含め、余りに大きなモノを何とか飲み込み、消化不良を起こした帰国後の数ヶ月を苦笑いと共に思い出します。(注:このエッセイは2006年に執筆したものに少し修正を加えて掲載したものです。)

私は、三浦看護師と共に日本での教育セミナーに参加いたしましたので、彼女の協力を得てスタートを切ることができたことは、本当に幸いでした。しかし、TEAM 2005(2005年度M.D.アンダーソン留学組)の仲間が、地元の病院でチーム医療の実践化を進めたという便りに反して、私は大学病院という巨大かつ旧体制的でまさにチーム医療と相対する環境の中で始めなければならず、その推進は困難を極めました。ここに来てやっと、我々自身の「チーム医療」が形作られるようになってきましたので、ここまでの過程とそこから得られた教訓を綴ってみたいと思います。

1.はじめの一歩

帰国後2~3ヶ月は、M.D.アンダーソンでの収穫が消化不良を起こした一番苦しい時期でした。一日も早く実践したいのですが、あまりに確立された完成型を見せられたためか、はじめの一歩の踏み出し方がわかりませんでした。そこでこの時期には、乳がんミーティングでM.D.アンダーソンでの経験とチーム医療の有用性を繰り返し力説し、自分達にフィットする医療の形の模索を呼びかけました。

同時に、少人数のスタッフに、目に見える課題を実践してもらうことも始めることにしました。その際、旧体制的な医師-コメディカルのトップダウン的な指導形態は、その立ち上げにふさわしくないとも感じましたが、手がかりのない漠然とした不安を仲間に与えることは望ましくないと判断し、あえて従来の指令形態でしました。ここで思い出した言葉が、Dr.Theriaultの“Start small !”(小さなところから最初の一歩をはじめよう)でした。

2.具体的なスタート

看護師には、告知後面談の充実と症例検討の開始、病棟薬剤師には補助療法の患者説明用のパンフレットを作ってもらいました。当初は、面談の実践後に何度も看護師、薬剤師とで方法論と内容理解を確認し、各々の知識レベルや実践的な対処方法の方向修正を試みました。その後、看護師には院内外で発表を行ってもらい、通常勤務に並行して成果をまとめること、チームが個々のキャリアに寄与することが可能であることをアピールしました。

また、薬剤師とは、偶然にも外来化学療法室立ち上げのワーキンググループで共に働くことができたため、M.D.アンダーソンでの知識を活かして発言し、周囲に理想的な診療体制への憧憬?をあおることができました。そのうち、薬剤師から「パンフレットを使って補助化学療法の副作用説明ができないか?」との提案があり、初めの数回は同席し説明内容を確認、その後の副作用の説明を担当してもらいました。当然終了後には、私なりの意見を述べ、お互いの理解不足を補うことを忘れませんでした。

3.チーム医療の浸透

今までの手探りであった活動も、当科の新任教授であります若林先生から激励いただきました。肝臓移植では当たり前としているチーム医療が普及していない現状を踏まえ、パイロットケースとして乳腺グループでのチームアプローチの推進を後押ししていただいたのでした。さらに、看護師サイドでいつも問題になる通常業務とチーム実働時間の調整に関しても、病棟の高橋看護師長の理解を得て、勤務時間内でのチーム活動を許可いただきました。特に、面談のために、外来に病棟の看護師が降りてくることが可能になったことは、大きなブレイクスルーでした。

その後も、看護師が院内シンポジウムで数回発表しましたが、各自が目標を設定しているためか、回を重ねるごとにプレゼンや質疑応答への能力が評価されるようになり、チームの周知が進みました。これにより、徐々に看護部管理職に対しても、チーム医療の意義が浸透していったように思います。薬剤師は、病棟での薬剤指導の延長として、乳がん患者の内服薬やコントロールの悪い疾患・症状に対して今までより積極的にアドバイスを始め、病棟活動の重要性を認識し、臨床的役割を明確にしていきました。また、薬剤部の管理職には、彼らのかかわりを中心とした進捗状況と協力への感謝を伝えることを忘れませんでした。

4.さらなる進歩へ

研修から9ヵ月後の平成18(2006)年1月から、病棟での週1回短時間のチームカンファランスと、チーム回診が始まりました。カンファランスでの入院患者のサマリーは、若手医師の病状把握能力が評価でき、同時に患者情報の乏しい薬剤師への情報提供を兼ねます。チーム回診は、当初は医師2名、看護師2名、薬剤師1~2名、研修医1名がベッドサイドにぞろぞろ行きましたので、当初は患者さんや病棟看護師から不安の声も聞こえました。しかし、外来から「我々は多人数で各専門性を活かし診療します」と告知することで理解していただきました。実際には、「不安な時に頼れる窓口がたくさんできた」や「誰が自分の診療にかかわってくれているかが明確になって良かった」との声が聞こえ始めています。記録として回診時には、簡単なワークシートにポイントを記載し、次週までに供覧、各自が問題解決するようにしました。

5.反省、そして今後の課題

今こうして振り返ってみると、自分の無力さに反し、周りが自主的に協力し、各自の役割を明確にしてきたのがわかります。これは間違いなく、大学病院のような旧体制の中にも、コメディカルを中心に「個々の専門性・業務特化の要求」が高まっている現状を反映しています。私は、ただそのモチベーションに方向性を与えただけですが、何より個々のスタッフの良好な通常勤務評価とチーム医療への基本的な理解、まめな研究発表での成果の積み重ねが病院上層部の理解につながったのではないでしょうか。

さて、今後の課題ですが、チームの有用性の評価として、患者様へのアンケートを考えています。機能評価の困難なチーム医療ですが、いずれは患者数の変化や治療コンプライアンスの変化で評価出来る時期も近いのではと感じます。各パートでの改善点では、医師は、他職種に如何に早期に患者情報を提供できるか、さらに簡易な情報共有のツールを開発することによって、病棟の担当以外の看護師や薬剤師も介入しやすい環境を作るべきだと考えます。また、他力本願で担ってきたリーダーシップを根本から考え直し、自己啓発や医学教育にも応用可能な質まで引き上げることも必要と考えます。

看護師は手術、補助療法の患者中心の介入から、再発患者への積極的、段階的な介入、さらに直接の患者様へのアプローチだけでなく、家族やパートナーへの情報提供や面談を検討しています。薬剤師は、事前の既往歴・薬歴の掌握から、治療の障害になる薬剤の把握等に早期に介入し、DPC(診断群分類別定額払い)やクリニカルパスの速やかな診療スピードに合わせる工夫が必要そうです。また、我々のコンパクトなチームの活動内容が、カルテを通してだけでなく、さまざまな業種からの患者様への診療・関与に活かされるような情報管理が必要になってきそうです。

やっと目に見える形になったチーム医療の過程を振り返ってみると、その要点はM.D.アンダーソンから学んだ基本以外の何物でもありませんでした。上野先生がいう「目標への良いシナリオ作り」と、Dr. Feigの名言?「コミュニケーション!コミュニケーション!コミュニケーション!」は、日頃、日本の病院で「忙しい、忙しい」を口癖にしている我々が最も避けて通ってしまいそうなことでした。そして、それに少しでも留意する余裕が、チーム医療推進の鍵を握っているのではないかと改めて感じています。

最後に、このような場をかりてシステムを見直す機会を与えてくださった上野先生、そして帰国後も足りない資料や情報を嫌がりもせずに享受してくれたTEAM 2005の仲間に感謝いたします。

(2006年執筆)

ちょこっと写真、ちょこっとコメントMy interest at a glance:

岩手は、「イーハトーブ」と宮沢賢治が表現した、自然に恵まれた土地柄です。私のFly Fishing歴も10年目に入りました。

乳がん専門の医師は2名という状態で、外来、手術、外来応援と忙しいのですが、個人の楽しみもないと仕事がはかどらない駄目な性格です(苦笑)。深夜0時頃に帰宅しても、気が向けば一気に十数本のFly(毛針)を巻き、翌朝5時には車で出発して、1~2時間ほどRodを振ってから関連病院の乳腺外来をするのが4~9月のささやかな楽しみです。

写真は、昨年9月に渓の神様が釣らせてくれたオスの尺山女魚(しゃくヤマメ:30cmオーバーのヤマメ)と愛用のバンブーロッド(Omura rod)です。一生楽しめる趣味としてFFは最高です。皆さんもいかがですか?

(2008年 1月執筆)

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