コラム/エッセイ

チームオンコロジーへの道

Essay: Road to TeamOncology

悩み苦しみつつ一歩ずつ歩んでいきたい

薬剤師:山口 徹郎

山口 徹郎 Tetsurou Yamaguchi

薬剤師

元 神戸大学医学部附属病院 Former Kobe University Hospital

このエッセイのお話しを頂いたとき、私は悩みのどん底だった。何を書こうか悩んだが、Japan TeamOncology Program(以下J-TOP)との出会いから、Japanese Medical Exchange Program 2012(以下JME2012)への参加、そして現在までの苦悩を綴ろうと思う。

J-TOPとの出会い

J-TOPと出会ったのは、今から2年前のワークショップ(The 5th TeamOncology Workshop)だった。それ以前からチーム医療の必要性は漠然と感じていたが、実際のチーム医療には触れたことがなく、またその姿がどんなものなのかもわからなかった。ワークショップで、“Vision & Mission”という概念を学び、その学びの中で“がん治療”という共通の思いで集まった熱い熱い仲間と出会った。

ワークショップでの熱が未だ冷めぬ頃、J-TOP事務局の方からお電話を頂き、「JME2012に選ばれましたよ」と言われ、「えっ!? 何で僕が??」と思い、頭の中が真っ白になったことを覚えている。僕は確かにチーム医療への思いは持っていたし、ワークショップではDeep impactを受けたが、英語が全然堪能ではなかった。だから、期待よりも不安が渦巻く中、JME2012に参加し、米国ヒューストンへと旅立った!

JME2012への参加、大切な仲間との出会い

JME2012へ参加し、MDアンダーソンがんセンター(以下MDA)での学びはもちろんであるが、私はもう一つ得たものがある。それは一緒に参加した“仲間”である。留学中は、寝食を共にし、語学と精神力がとびきり弱い僕を助けてくれた。それだけではない。夜遅くまで、がん医療や日本の医療について語り合い、議論を繰り返した。

それまでの僕は、チーム医療への思いはあっても、それをおおっぴらに語り合うことはなかった。Shared visionという考え方を知らず、「自分の考えを受け入れてもらえるのか」という不安と消極さがあったからだ。

JME2012以降、悩み苦しみつつ実践する日々

しかし、JME2012から戻り、いつも通りの日常の中で、僕は確かに変わった。MDAで学んだこと、仲間と語り合ったことを同じように職場でも議論したい、議論できる環境や関係を築きたいという思いで溢れていた。

職場での勉強会やセミナー、また大学生の実務実習など、ありとあらゆる場所で少しずつVision & Missionのことや、Communication skillなどについて話し、少しずつ議論を繰り返している。しかし、それらを伝えることは容易ではなく、高い高い壁を痛感している。理解しあうことが、思いをShareすることが、チームを創るということがこんなに難しいのかと悩み、苦しんだ。

そんな閉塞感に苛まれていた時、留学中に、僕の尊敬するメンターが言った言葉を思い出した。 「MDAのチーム医療は素晴らしい。でも、最初からできていた訳ではないんだよ。最初は一人のスタッフが少しずつだが、悪戦苦闘しながら一歩ずつ築き上げ、Visionを共有する仲間と共に創り上げてきた。そして現在も進化中なんだ」と。
僕は心が救われた気がした。

J-TOPと共に未来へ

J-TOPと共に歩み始めて、その種は蒔かれた。僕はまだまだその一歩を踏み出したばかり。僕にはメンター、そして大切な仲間がいる。時間はかかるかもしれないが、J-TOPと共に日本のがん医療に変革をもたらすべく、僕自身も変化しながら、一歩一歩歩んでいきたい。

(2013年 8月執筆)

ちょこっと写真、ちょこっとコメントMy interest at a glance:

僕は建物、“建築物”を観るのが好きだ。
最近、コンクリートと自然の調和に興味がある。

写真は、世界的な建築家である石井修氏の設計した低層集合住宅「ドムス香里」である。

この建築物は、コンクリートという人工物が見事に自然に溶け込み、森に飲み込まれて、建物自体がどこにあるのか見えないくらいになっている。

* 写真:Hiromitsu Morimoto(Нет 大阪建築)の「ドムス香里 写真一覧」より

(2013年 8月執筆)

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