コラム/エッセイ

医療者とのコミュニケーションの取り方
~主体的に医療を受けるために~

Communicating effectively with medical proffessionals

Vol.09

大学の知を地域へ

私は今、北海道大学で大学教員をしながら、大学院生もやっています。せっかく大学で仕事をしているのだから、時間をうまく使って、勉強してみようと思い立ちました。

今から3年ほど前、科学技術コミュニケーションという新しい分野が大学教育の中に立ち上がったころ、研究分野としてすでにあったその新分野に関心を持つ人は少なく、コミュニケーションの具体的な手法について活発に議論されているとは言い難い状況でした。当時医療ライターをしていた私には、医療コミュニケーションの分野の方がずっと進んでいるように思われました。

ところが、それから3年。今、医療コミュニケーションについての論文を読んだり、学会に出たりする限り、実践、研究ともに、科学技術コミュニケーションの方があっという間に医療コミュニケーションを抜き去っていると感じます。抜いた抜かれたを言いたいのではありません。科学コミュニケーションの蓄積を、ぜひ医療コミュニケーションにも取り入れてほしいと考えているのです。

話を大学院の授業に戻しましょう。私が今学期履修した授業の中で最もおもしろかったのは、大学院共通科目として設置されていた「社会と健康」の授業でした。この授業は、北海道大学大学院医学研究科の社会医学系の講座から先生が出講してオムニバス形式で行われました。受講対象となっている院生の研究科は、医歯薬系だけでなく、工学、法学、教育学などが上げられ、理学院の私も受講できました。

講義のテーマは、「国内外で問題となっている人獣共通感染症」や「エイズ・性感染症の疫学」から「う歯、歯周病と生活習慣との関係」や「メタボリックシンドロームと社会」まで、多岐にわたりました。なかでも、とりわけおもしろかったのが、生活習慣と密接な関わりがある、う歯(一般にはむし歯のこと)やメタボリックシンドローム、「絆の病(うつ)」を扱った授業でした。

これらの授業で先生が話されたデータは北大の近辺(札幌市)で取ったものが多く、普段こういった話題についての情報は全国的なデータで見ることが多かった私には、非常に新鮮でした。

札幌に来て、医療問題について関心を持ち取材をしていると、時々「札幌病」とも言える特徴的な疾患があることに気づきます。北海道大学の公衆衛生学や地域医療システム学の先生方は、それらを科学的なデータという形で持っていらっしゃることに、授業を受けてみて気づきました。ところが、肝心のプライマリーヘルスケアを担う開業医や、この地域に生活する我々患者予備軍は、ごく狭い自分の注意を向けることができる情報の範囲内しか知ることができません。つまり、この地域に特有の「かかりやすい病気」があることに気づけていないのではないでしょうか。

地域に特有の疾患は、生活習慣に関わりが深いものほど、地域に特有の生活スタイルが関係しているということができます。であれば、これらの疾患を予防するために、地域が抱える問題を明らかにし、そこに住む我々自らが改善することが大事ではないでしょうか。それにはまず、住民や「町医者」が問題の所在を知り、問題意識を持つことが必要です。以前から、「札幌病」について、何か取り組みができないかと考えていた私には、明るい光が見えたような気がしました。

大学の奥深く、医学研究科の先生方がお持ちの貴重な知見を、地域で共有し、予防や治療に役立てることが必要です。そのために、科学と社会の橋渡し役を務める我々科学技術コミュニケーターがお役に立てます。来年度はさっそく医学研究科の研究室の扉をノックして、行動を起こしたいと思っています。

みなさんのお住まいの地域ではいかがでしょうか。貴重な知見が眠っていませんか。

(2008年2月執筆)

難波 美帆
難波 美帆
1971年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科 准教授。 サイエンスライター。患者向けがん雑誌の編集に携わるなかで、チーム医療の理念に共感する。アドボカシーを担うNPOや出版活動に関心がある。