コラム/エッセイ

医療者とのコミュニケーションの取り方
~主体的に医療を受けるために~

Communicating effectively with medical proffessionals

Vol.08

患者の語りから学ぶ

DIPEx(Database of Individual Patient Experiences:個々の患者の体験データベース)という取り組みをご存じでしょうか。個々の患者さんや介護者の経験を本人の口から語ってもらい、それを映像・音声・テキストの3種類のデータで蓄積したものです。イギリスのオックスフォード大学とNPOが共同で作成し、インターネット上に公開しています(DIPEx Home: Patient Experieces of health and illness, cancer, heart disease, screening)。

公的な機関やマスコミが発信する情報は、誰がどんな責任で言っていることなのかが強く問われますので、いきおい、専門家や知識人とされる人に取材し、そういった人の発言ばかりが取りあげられることになります。ところが、患者さんが必要とする情報は、必ずしも診察や治療の経験豊富な医師が持っているとは限らないのです。「その治療を決断した後、なにがいちばんつらいのか」「想像以上に苦痛となる検査とはなんなのか」「手術後の生活で困ることやその対処法」、こういった情報は、通常の病院でのコミュニケーションにおいて、専門家である医師や看護師に気後れして、あるいは時間がなくて聞けないことも多いようです。

また、マスメディアでは、放送時間や紙面に限りがあるため、典型的なもの、ドラスティック(極端)な事象が取りあげられがちです。しかし、いざ自分が患者になってみると、患者にとってかゆいところに手が届く情報は、マスコミに取材されたときには「こんなこと言ってもいいのかな」「たいしたことではないかな」と心の内にしまい込んでしまうようなものであったりします。

こういう情報を丁寧にすくい取り、病気別、悩み別に情報を蓄積しているのがDIPExです。特にがんの情報は充実しています。DIPExサイトのトップページを見ると、ページの中で一か所だけ赤字になっているのが、「Experience」つまり「経験」という単語です。経験を、そのまま、本人の言葉遣い、声色、表情などの情報を付加して知ることができる画期的なデータベースです。 病気という「経験」を他者に語り生かすことができれば、それは、語った本人にとっても、新しい意味づけができるでしょう。

DIPExの取り組みは日本でも始まっています。「ディペックス・ジャパン:健康と病いの語りデータベース」(通称DIPEx-Japan: http://www.dipex-j.org/)という任意団体が2007年6月に発足し、イギリスのDIPExのサイトを翻訳したり、日本での「がん患者の語り」をデータベース化するなどの取り組みが行われています。現在では、平成19年度からの厚生労働科学研究費補助金「がん臨床研究」事業の助成を受けて関係者が集まり、運営されているようです。しかし、これを学者さんたちの研究課題に終らせてしまわないためにも、患者さんや現場のコミュニケーターたちが積極的に意見を言い、関わっていく必要があるのではないかと思います。

(2007年12月執筆)

難波 美帆
難波 美帆
1971年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科 准教授。 サイエンスライター。患者向けがん雑誌の編集に携わるなかで、チーム医療の理念に共感する。アドボカシーを担うNPOや出版活動に関心がある。