コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.25

シームレスながん医療を提供するためには

「がん対策基本法」では、がん治療の早い段階からの緩和ケアの重要性が謳われ、がんの治療と症状緩和、どんな進行期でも一貫してがん医療(包括的がん医療:Comprehensive Cancer Care)を患者さんに提供することの必要性を示したものと思われます。今回は、このように、患者さんにシームレスにがん医療を提供することについて考えてみたいと思います。

1.がん治療の時期と緩和ケアの時期のギャップ

がん医療は、進行期別に異なりますし、切除不能の進行がんに関しても、1次療法や、1次療法が奏効しなくなった場合の2次療法、3次療法などがあります。全身状態(PS:Performance Status)、栄養状態など患者さんの状態が不良となり、化学療法などが実施できなくなった場合には、緩和ケアが中心になります。

進行がんに対する1次療法は、質の高い臨床試験で評価され診療ガイドラインで推奨されている標準治療を提供することが原則と思いますし、2次療法に関しても、標準と考えられる治療を提供することが必要です。

患者さんが少ないがん種の場合には、臨床試験の実施が難しく、質の高いエビデンスに基づく標準治療の確立も困難になります。その場合には、多くの専門家の合意による診療ガイドラインに従わざるを得ません。

しかし、1次療法や2次療法に奏効しなくなった全身状態、栄養状態も良好の患者さんには、確立されたエビデンスがないからということを理由に、緩和ケアを含めた支持療法しか提供できないのは、本当に「患者中心のがん医療」になるのか疑問になります。

全身状態不良(PS 3-4)や栄養状態が不良(アルブミン低値、ヘモグロビン低値など)の患者さんには、有害反応が多い化学療法などの薬物療法を提供することは問題が多いと考えられます。このような場合、状態が改善するまで、有害反応の多い治療を中止することには、患者さんは納得されることが多いのではないでしょうか。

しかし、状態が良好な患者さんに対して、緩和ケアを含めた支持療法が中心となる可能性をお伝えすると、「死を待つしかないのか」と気持ちが落ち込んだような表情でお話しされる方がおられます。状態の悪い方でも、「治したい」という気持ちが強い方もおられますので、状態の良い方が、他に治療法がないのかと疑問を持つのは当然のことと思います。EGFR(上皮増殖因子受容体)遺伝子変異のある非小細胞肺がんであれば、全身状態が不良(PS 3-4)であっても良好な効果を示す可能性が指摘されています。

多くの薬剤や治療法に関しては、1次療法や2次療法としての評価試験が多いのは当然かもしれませんが、全身状態や栄養状態が良好の患者さんに対する3次療法などの検討も必要になると思われます。このような患者さんを対象とするランダム化比較試験は難しいと思いますが、せめて比較的症例数の多い第II相試験(症例シリーズ試験)でもあれば良いのにと思います。

また、上のような治療を選択するには、患者さんの病状やこれまでの治療歴などを考慮して、医師、看護師、薬剤師でその適切性を総合的に評価することが必要であることは言うまでもありません。

1次療法や2次療法に奏効しなくなり、現時点では確立された標準治療がなく、全身状態、栄養状態も良好で緩和ケアを中心とする医療には早すぎるという患者さんに対して、どのような治療やケアを提供するべきなのかを考えることも、シームレスながん医療には必要ではないかと考えています。

2.療養の場(病院か自宅か)のギャップ

また、手術、放射線、薬物療法など多くのがん治療は、病院で提供されます。最近は、外来化学療法が行われるようになりましたし、優れた経口抗がん剤も開発されてきていますので、自宅で療養しながら、必要な時に、病院を受診する形が多くなってきています。入院治療の場合には、チームアプローチは比較的容易と思いますが、外来化学療法や在宅医療になるに伴いチームアプローチが徐々に難しくなります。

がんの終末期をご自宅で過ごす在宅緩和ケアでは、多くの場合、患者さんやご家族を中心に、診療所の医師、訪問看護ステーションの看護師、調剤薬局の薬剤師、在宅支援介護事業所の介護職などと病院とは異なり、所属する組織が異なる専門職がチームに関わることになります。さらに、これら専門職は日常的に顔を合わせることはなく、チーム全員がリアルタイムに患者さんの病状、症状などをチームで共有することは難しく、何かことがある時にだけ対応を協議するということになることが多くなります。

病院では効率よく医療を提供するシステムを構築していると思いますが、在宅ケアは、患者さんの生活が中心でその一部に治療やケアがあるということになります。これらの理由から、在宅緩和ケアにおけるチームアプローチは難しいものになりますし、在宅緩和ケアに関わる専門職は、より優れた専門性、知識、スキルがなければチームアプローチはさらにより難しくなります。

3.シームレスな患者さん中心のがん医療を目指して

専門性が高い医師、看護師、ソシャルワーカーを加えた集学的チームで在宅緩和ケアを行った群と通常のケアを行った群の比較試験では、専門性の高いチームでケアを提供した群は、通常のケア群と比較して、患者さんの満足度は一環して高く、救急部門への受診、入院、ホスピスの入所の頻度が減少すると同時に、ご自宅で最期を迎える「在宅死」の頻度が増加することが報告されています。すなわち、高い専門性を有する各専門職による在宅緩和ケアであれば、患者さんが満足する在宅ケアが提供できることを示唆していると思われます。

さらに、病院での治療から在宅緩和ケアに移行する際、多くの場合、診療情報提供書という形でしか、患者さんの状況が紹介されません。多くのがん種の標準治療に加えられているプラチナ製剤、タキサン製剤や多発性骨髄腫治療薬であるボルテゾミブ(商品名ベルケイド)やサリドマイド(商品名サレド)などは、しびれなどの末梢神経障害の有害反応があります。末梢神経障害からの回復には数ヵ月要することが知られています。また、がんの進行とともにしびれなどを伴う神経障害性疼痛が出現することがあります。

在宅緩和ケアにおいて、患者さんがしびれを訴えた場合に、その症状がこれまで投与してきたがん薬物療法によるものなのか、がんの進行によるものか鑑別できれば、その症状緩和の適切な方法が選択できる可能性が高まります。このような鑑別を適切に行うためには、病院からの情報が診療情報提供書に記載されている情報に加えて、これまでの薬物療法、その効果と有害反応、患者さんの精神的な症状などの情報があれば、より患者の状況を把握できることになるのではないでしょうか。

在宅緩和ケアは、人生の最期を愛する家族とともに自宅で療養が受けられるという大きな利点があります。しかし、患者さんにとっては、納得のいかないまま、強制的に退院を要求され、そのことにより「病院に見放された」と不信感を感じている方も少なくないと思われます。

以前のコラム「vol.13 適切な緩和ケア実現のためには、意識改革が必要!」で紹介しましたように、緩和ケアに紹介された際の緩和ケアチームにより、患者さんに必要と思われる治療や介護などを評価し、適切なケアが受けられる専門職に患者さんを紹介することで、症状緩和や患者さんやご家族の満足度が高まることを示した報告もあります。

筆者もいつかがん医療を受けることになるかもしれません。その時には、患者さんを中心としたがん医療をシームレスに受けたいと願っています。

各組織や各専門職の事情や都合もありますし、制度上の課題もありますが、患者さんを中心とするがん医療は、私たち自身の問題と考えて、そのシステムを作っていくことが重要なことではないでしょうか?

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2010年3月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。