コラム/エッセイ

患者さんの満足度を高めるがん医療の新たなアプローチ
“チームオンコロジー”

TeamOncology ABC

Vol.04

がん治療の原則(4)~(6)

(前回vol.03の「がん治療の原則(1)~(3)」に引き続き掲載します。どうぞご一読ください)

がん治療の原則(4)

■治療しないことも治療の1つです

進行性がん、あるいは再発がんの多くは治りません。とても残念なことですが、それが今の医療科学の現実です。そして、それらのがんを撲滅するためには、基礎医学、トランスレーショナル・リサーチ(Translational Research:基礎的な研究成果を臨床の場へと橋渡していく研究)、臨床研究(試験)などをさらにより多く行わなければなりません。

それでは、現在、進行性がんなどに対する治療には、化学療法以外にどのような治療があるのでしょうか?実は治療することと同時に「治療しない」ことも治療の1つなのです。つまり、当初はがんを治療によってコントロールすることで、生活の質(QOL)の向上あるいは維持を目指します。しかし、いずれは、がんをコントロールする手だてがなくなり、治療することでかえって副作用の問題の方が大きくなる可能性が高いのです。

そのようになると、治療のゴールを変える必要があります。化学療法などを無理に行って、命を縮めるようなことになるよりも、緩和医療による「生活の質の向上と維持」を考えるべきです。つまり、化学療法など、がんに焦点を当てた治療はやめるようにします。これも1つの治療であり、とても良いゴールなのです。これは治療を諦めるということでは決してありません。人間は生活の質の維持があってこそ、人間としての尊厳を保つことができるのです。死ぬ寸前まで、化学療法などの全身療法をやりつづけると、生活の質は損なわれ、人間としての尊厳も失う恐れがあります。

そういうわけで、死ぬ寸前まで全身療法をやりつづける医療従事者は、がん医療をする資格はないと思います。また、がん専門の医療従事者で緩和医療ができない方も、がん医療をする資格はないのではないでしょうか。そして、がん治療と緩和医療を分けて考える医療従事者や患者さんがいるかぎり、がん難民は発生しつづけるのではないかと思います。

がん患者さんは、治療しないことも考慮して治療計画を立てられる医療従事者を見つけてください。そして、緩和医療を理解している、がん専門医療従事者をどうぞ見つけてください。

がん治療の原則(5)

■治療の目標は患者さんの高い満足度を得ることです

がん治療・ケアの目標は、患者さんの高い満足度を得ることです。医療従事者は、このことを肝に銘じる必要があります。しかし、言うのは簡単ですが、行うのはむずかしいものです。

患者さんの満足度は、がんを縮小させる、がんを切除する、長く生きるなど、身体的なものによって向上する可能性があります。しかし、それだけで患者さんが十分に満足できるかというと、決してそうではありません。患者さん自身の社会的なニーズあるいは個人的なニーズによって、満足度は大きく変わります。たとえば、仕事をずっと続けたい、孫と一緒に暮らしたい、美味しいものを食べたいなど、ニーズはさまざまです。

つまり、それらのニーズは患者さん自身が言わないと、医療従事者にはわからないことです。また、家族でも、患者さんに代わって言うことができないことが多々あります。家族に遠慮して言えないことも、またあるようです。逆に、そのような人生についてのニーズを見つけられない方もいます。特に、がんという難病において、人生についてのニーズを考える余裕をもつことは、とてもむずかしいことかもしれません。

自分自身の人生のニーズがわかっている人は幸福です。自分が何のために生きているのか、また何によって生きているのかがわかる方は、自分にとって必要なものがわかり、医療従事者とのコミュニケーションも円滑に行え、高い満足度を得ることができるように思います。医療従事者は、その患者さんのニーズと、科学的真実に基づいた治療やケアをつなげることが仕事です。

しかし、何度も言うようですが、医療従事者は患者さんの気持ちを見抜くプロではありません。気持ちがわかるように努力する必要はありますが、患者さんが言ってくれないと正確にはわからないのです。それだけに、患者さんの思いが伝わる医療環境をきちんと創る必要があります。また、さまざまな医療従事者がチームを組んで患者さんの思いを見つけることも必要です。

がん治療の原則(6)

■抗がん剤の副作用はあってはいけないものです

化学療法など、がんの全身療法を行うと、ともすれば患者さんに対して、「抗がん剤治療だから、多少の副作用はつきものだから、我慢すべきだ!」と、患者さん自身も、家族も、また医療従事者も考えてしまう傾向があります。これは原則として間違いです。

「副作用」はあってはいけないものですし、我慢など強調してはいけません。多少にかかわらず、医療従事者は患者さんの苦しみを緩和する努力をしなければいけません。ましてや、患者さんが寝たきりになるような全身療法を行うことはもってのほかです。そして副作用にどのように対応するかは、高度な内科的アプローチが求められます。副作用にうまく対応して全身療法をするには、内科を含めて最低でも6年に及ぶ高度なトレーニング(研修)が必要です。

また、患者さんが副作用ついて聞いてこないために、医療従事者が勝手に患者さんは大丈夫だろうと判断していることも多々あるようです。たとえば、倦怠感などは良い例で、とにかく「我慢しろ!」ということで済ませてしまう医療従事者が多すぎます。しかし、そのような副作用によって、患者さんが普段していたこともできなくなるような治療では、良くないと思います。

そのような副作用による問題を起こさずに、よりよいがん医療を受けるには、患者さん自身が出現しそうな副作用の種類などを知り、アンテナを張ってモニターし、常に医療従事者へ副作用の有無を報告するべきです。それで、もし医療従事者が我慢を強調するようなら、今後、そのようなところでは適切な治療は受けられないかもしれません。

おわりに

■原則を守って治療を行う医療従事者を育てることが大切です

患者さんが人間らしく生き、そして、いい死を迎えるには、医療従事者が原則を守って治療を行うことが必要です。しかし、医療従事者の多くがちゃんと原則を実行しているかとなると、大きな疑問があります。実は、がん治療の原則は教科書などには明確には書かれていません。これらの原則は、医療従事者としての訓練のなかで身につけるものであり、身につかないまま医療従事者になれば、それを後で身につけることはとても大変なことです。

ですから、原則を守って治療を行う医療従事者をしっかりと育てることが大切です。そして、本当の意味で、患者さん中心の新しいがん医療を行うには、がん医療の新しいリーダーを養成することが必要と考えています。

(2008年7~11月、ブログ「がんのチーム医療」に掲載。2009年6月、加筆修正)

上野 直人
上野 直人
1964年生まれ、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター教授。腫瘍分子細胞学博士。専門は、乳がん、卵巣がん、骨髄移植、遺伝子治療。
J-TOPの創設者であり、ライフワークとして、がんの治療効果を最大にするためのチーム医療の推進に力をいれている。