コラム/エッセイ
チームオンコロジーへの道
Essay: Road to TeamOncology
自分の感性を信じる勇気
村上 茂
医師
広島市立安佐市民病院
はじめに
皆さんは、がん医療の現場で「感性」は必要なものだとお考えでしょうか? 漠然としてとらえどころのないもの、あくまで個々の主観的な要素でしかないのだから、がん医療の現場に持ち込むべきものではないと思われる方もおられるかもしれません。でも私は最近がん医療の現場にこそ、「感性」が必要だと考えるようになりました。私はこのエッセイの中で、なぜがん医療の現場において「感性」を大切と思うのかを書いてみたいと思います。
EBMで重要なエッセンス
がん医療ではEvidence Based Medicine (EBM) が一般的となりました。がん医療に関わる最新の知見を得ること、医療者としてのスキルアップを目指すこと、そして患者さん、ご家族の希望を出来るだけかなえることが、私たちには求められています。ではこの作業を進めていくために重要な要素は何でしょうか?
チームオンコロジーのワークショップでは、エビデンスの批判的吟味、チーム医療の推進、リーダーシップスキルの習得、他職種との相互理解と尊重など様々なものをご紹介していますが、私自身は最近「コミュニケーション」が最も重要な要素だと考えます。
なぜコミュニケーションが大切なのか
がん診療の現場は、朝の職場での挨拶に始まり、一日の仕事を終えるまで、多くのスタッフ、患者さん、ご家族との会話があります。スタッフとのコミュニケーションでは、お互いを尊重し、それぞれが専門性を発揮し、実直な討議をすることが求められます。しかしこのスタッフ間のコミュニケーションを円滑に保つには、相応の配慮が必要です。なぜならば、各職種間の壁、上下関係のヒエラルキーなどが現実には存在するからです。「はい、わかりました」という答えの裏に、実はネガティブな感情が隠れていることも少なくありません。
がんを患った患者さん、ご家族とのコミュニケーションにはもっと神経を使います。たとえ相手が「はい、わかりました」と答えたとしても、実は遠慮して質問できないこともあるでしょう。もっと重い気持ちを心の奥底に抱えて、うまく表出できない人もいると思います。
こうした状況でよりよいコミュニケーションを築くために大切なもの、それが「感性」だと私は最近考えるようになりました。相手のちょっとした仕草、表情、言葉の裏には、実は様々なメッセージが隠されています。怒り、反発、悲しみ、苦しみ、そうしたメッセージをキャッチし、それに適切に対応することができれば、コミュニケーションは飛躍的に向上し、結果としてよりよい医療を実践することができるのではないでしょうか。
自分の感性を信じる勇気
ただこの感性を保つためには、さまざまな努力と工夫が必要です。くたくたに疲れている時、自分自身の中に処理しきれていない感情を抱えている時には、アンテナの感度はどんどん落ちてしまいます。また折角メッセージをキャッチしても、その意味を咀嚼することが出来ず、見逃してしまうこともあります。その結果として生じるコミュニケーションのギャップは、さらに私たちを疲弊させ、感性をますます鈍くしてしまうのです。
ではアンテナの感度を保ち、キャッチしたメッセージにきちんと対応するために必要なものは何なのでしょうか。私は最近「自分の感性を信じる勇気」ではないかと考えるようになりました。はっきりと見えない、言葉や表情の影に隠れているメッセージに気づいたとき、それをどのように捉え、どう対応するかは自分自身で決めなければなりません。
客観的な事実、エビデンスを基に医療を進める習慣がつくと、逆に「感性」という主観的な要因を取り入れることにためらいを感じるようになるかもしれません。そうしたためらいを振り払い、自分の感じたことを臨床の現場で生かしていくには、自分自身の感性を信じる勇気が必要になります。もしそれを他のスタッフに説明し、共有したいと思えばなおさらです。
信じる勇気を持ち続けるために
私自身に感性を信じる勇気を与えてくれる大切な時間は、実は臨床の現場の外にあります。まずしっかり休養を取ること。当直明けや仕事に追われてクタクタになっているときは、アンテナの感度はがた落ちです。また家庭でパートナーや子供達とうまくコミュニケーションが取れていないと、確実に仕事に悪影響を及ぼします。
そして私にとって欠かせないのが趣味のゴルフと、愛犬との散歩の時間です。ゴルフでうまくスイングするためには、体の動きをキャッチする自分のセンサーがうまく機能しなければなりません。週にわずかですがゴルフスクールでインストラクターと練習をする時間は、自分のセンサーをモニターする大切な時間です。
そして愛犬との散歩の時間は、私のセンサーをアジャストする大切な時間になります。散歩の途中で感じる四季のうつろい、風のせせらぎ、満天の星空を見上げることが、私のセンサーをアジャストします。
おわりに
日本の医療の現場に立っていると、押し寄せる日々の業務に追われて、自分のセンサーをチェックしてアジャストすることがおろそかになりがちです。でも鈍いセンサーで仕事をしていると、自分の感性を信じる勇気がどんどんしぼんでいきます。そうなると日々の業務が苦痛に変わっていくのではないでしょうか。自分の感性を信じる勇気、一度考えてみてはいかがでしょうか。最近になって、私はがん医療で大切な要素だと思うようになってきました。
(2012年10月執筆)
我が家の愛犬をご紹介します。2才の雄のラブラドールレトリバーで、名前はハリーと言います。ラブラドールレトリバーと言えば皆さん、大人しくてお利口な盲導犬をイメージされるかもしれませんが、実際はとてもやんちゃでいたずら好きです。
体重が30kg以上もありますから、力もとても強いです。もともと猟犬なので毎日の運動が欠かせませんから、それなりに手がかかります。でもとてもフレンドリーな犬で、人間にかまってもらうのが大好きです。
僕がどんなに遅い時間に帰って家族は寝静まっていたとしても、車の音を聞きつけてしっぽを振って喜んで迎えてくれるのは彼です。その嬉しそうな姿を見ると、一緒に散歩に行かないわけにはいきません。
(2012年10月執筆)