コラム/エッセイ
チームオンコロジーへの道
Essay: Road to TeamOncology
「仕事を楽しむ」- チームオンコロジーから学んだ、医療者にとって大切なこと
中川 智恵 Tomoe Nakagawa
医師
順天堂大学病院乳腺科 Juntendo University Hospital
1. JME2010への参加 - チーム医療の原点の発見
一年ほど前、私はJME2010のメンバーの一人として、米国MD Anderson Cancer Center (以下MDACC)で研修する機会を頂きました。いろいろ心に残ったことはありますが、一番は“MDACCではスタッフ全員がとても楽しそうに働いている”ということでした。それこそ、医療関係者だけでなく、清掃員や売店の販売員もとてもいきいきした表情で。その理由は、仕事に対して満足感、やりがい、誇りがあるのだと言います。
なんでそんなに満足して、やりがいを感じて、自分の仕事に誇りを持てるのか? それは、スタッフ・チームの一員としての自覚があり、MDACCのVisionである“世界で一番のがんセンターになる”という夢を自分の夢として共有しているからです。実際、MDACCは患者満足度全米1位という結果を出しているので、日々の努力が成果につながったことが満足感ややりがいになります。
夢を共有すること、自分の夢をもつこと⇒モチベーションが上がり、より良い医療を提供しようと努力する⇒患者さんの満足度につながる、成果になる⇒医療者も満足、仕事が楽しい、更なる意欲と努力⇒より良い医療…。MDACCのチーム医療の原点はそこにあるのではないかと感じました。
2. 日本に帰ってきて - 克服すべき様々な課題をみつける
帰国後、MDACC研修の報告も兼ねた院内発表を何度か行いました。チーム医療の実現には、夢(Vision)、使命(Mission)を持つことが重要であることをまずは自分の病院のなるべくたくさんの人に伝えたいと思いました。しかし、そこで大きな壁にぶつかりました。それは、一人一人の医療者の価値観の多様さ、伝え方の難しさ、自分の無力さ、でした。医療者は、その根底に患者さんの役に立ちたいという想いは共通していますが、仕事に対する考え方、取り組み方は人それぞれです。
もともとチーム医療に興味がある人は自主的に発表会や勉強会に参加してくれます。では、現時点で全く興味がない人の興味を引くのはどうすればいいか。夢を持って頑張るという趣旨の発表に対して“疲労”を感じるといった意見もありました。受け手の価値観は様々で、伝え方を誤ると興味を持ってもらうどころか全くの逆効果ということもあるのだと感じました。誰しも興味をもてそうな話題・切り口を提供する、興味を引くような話し方・伝え方を身につける、興味を持ってもらえるような人材に自分がなるということが重要だと思いました。
“誰”が伝えるかというのは非常に重要であり、無名の若手医師とテレビにも出るような有名な教授だったら、同じようなことを話しても相手が受け取るインパクトは異なります。その人の人格や経験が説得力となって、聞き手に響くからだと思います。MDACC研修時に、キャリアアップしてより魅力的な人材・立場になることがチーム医療に重要であることを教わりましたが、院内発表後、その不確かな手応えに自分の無力さを感じ、これらの重要性を痛感しました。
モチベーションの維持に関しても課題を感じています。帰国してから、日々の診療の忙しさ、私生活とのバランスで、自分のチーム医療に対するモチベーションの維持が難しいと感じることがあります。自分のモチベーションを維持できないと、他人の興味やモチベーションを引き出すことは非常に困難です。MDACCでの研修を経て、この一年間で個人的には克服すべき問題点がたくさん見つかりました。
3. 今の取り組みと今後に向けて - チーム医療の原点の実践
課題は山積みですが、自分を追い詰め焦ってもきっと良い結果は出ないので、まずはチーム医療の原点だと感じた“楽しく仕事をするには”を自分なりに実践したいと思って生活しています。現在私は、期限つきで病理学という今までほとんど取り組んだことがない分野の勉強をしています。新たな知識や発見に出会える毎日にとても充実感を感じています。
“このしこりは癌か癌でないか”、まさに癌治療の根本というべき部分を病理医は担っています。一口に乳癌といってもたくさんの種類があり、また同じ種類でも顔つき(悪性度)が全く異なることがあります。そうしたデータの中から治療法はこうした方が良いのではないだろうか、こんな研究をしたら乳癌がもっと分かるのではないかなど興味や夢がどんどん膨らんでいきます。
臨床の現場からは離れ、多職種や患者さんと直に関わることは少ないですが、病気を通じてチーム医療に関わっているのだと感じています。そして、もっと乳癌を知りたい、いつかは乳癌を克服したいという夢や意欲をもって、日々を楽しみながら知識を重ねていくことが、自分の魅力を高め、自分が理想とするチーム医療の実現に今後つながっていくのではないかと思っています。
(2011年 8月執筆)
『伝える力』 (池上 彰著)
これはある日、「共感することがたくさん書いてあるから」と現所属の乳腺病理部長がポケットマネーでプレゼントして下さった本です。さすが伝える力を書いた本だけあって伝わってくるなぁと、あっという間に読んでしまいました。
伝えるにはたくさんのコツがあるそうです。本の中に、話に興味をもってもらうためには“相手の「へぇー」を増やす”という項目があります。これって、上野先生も何度か言っておられることでは…。
思いがけずチームオンコロジーとリンクする本に出会いました。みなさんも、機会があれば是非読んでみて下さい。
(2011年 8月執筆)